FACTFULNESSを読んだら、スピリチュアルが怖くなくなった
占い、守護霊、波動、前世、因果——これらに駆け込みたくなる瞬間のことを、自分の胸に手を当てて思い返してみた。
ほとんどが、怖かったときだ。
仕事がうまくいかなくなりそうなとき。人間関係で先が読めなくなったとき。ニュースで物騒な事件を見た直後。子供の将来を想像したとき。——未来が不確実で、世界が怖い、と感じた瞬間に、僕は「見えない何か」に答えを求めていた。
この「世界が怖い」という感覚そのものが、実はかなり膨らまされている、というのがハンス・ロスリング『FACTFULNESS——10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣』(日経BP)の中心メッセージだ。
僕はこの本を読んでから、スピリチュアルとの付き合い方がずいぶん軽くなった。否定するのではなく、過剰に頼らなくて済むようになった。
今日は、その話を書く。
チンパンジーより悪い、という出発点
ロスリングは本の冒頭で、有名なクイズを出す。全部で13問、すべて3択。題材は世界の子供の死亡率、識字率、極貧率、女子の就学率など、いわゆる「世界がどれくらい良くなっているか」を問う問題だ。
過去20年で、世界の極度の貧困にある人口の割合はどう変わったか?
A. 約2倍になった
B. 変わらない
C. ほぼ半減した
答えはC. ほぼ半減した。
世界中の1歳児のうち、何らかのワクチンを接種しているのは何パーセントか?
A. 20% B. 50% C. 80%
答えはC. 80%。
低所得国で、小学校を卒業する女子は何パーセントか?
A. 20% B. 40% C. 60%
答えはC. 60%。
ロスリングは、このクイズを世界中で、14カ国・約1万2千人にやってもらった。結果は本人も驚くほどひどかった。平均正答率は、3択の問題で約2〜3割。3択なら、サルがバナナを選んでも33%の正答率になる計算なのに、人間はそれを下回った。
スウェーデンのノーベル生理学・医学賞を選ぶカロリンスカ研究所の教授たちでさえ、同じクイズでチンパンジー(偶然選択の仮想的ベースライン)に負けた、というエピソードは本の中で何度も引用される。
つまり、「世界は悪くなっている」という感覚は、知識不足ではなく、積極的に間違っているということだ。専門家も教授も、統計的には偶然よりも悪い方向に偏って答えている。
これが、本書の出発点だ。
世界は怖いのではなく、「怖いように見える」
ロスリングはこの原因を、10の本能(dramatic instincts)として整理した。
- 分断本能——世界を「富める側」と「貧しい側」に二分したくなる
- ネガティブ本能——悪いニュースばかりが目に入る
- 直線本能——増えているものはこのまま増え続けると思う
- 恐怖本能——怖いものを過大に見積もる
- 過大視本能——一つの数字を大きく見せられると大きいと思う
- パターン化本能——一つの事例で全体を決めつける
- 宿命本能——「あの国/人は昔からこう」と思い込む
- 単純化本能——一つの視点ですべてを説明したがる
- 犯人捜し本能——原因を一人の悪者に押し付けたがる
- 焦り本能——「今すぐ決めないと手遅れ」と急かされると判断を誤る
この10個のリストを、占いや守護霊診断やスピリチュアル相談に駆け込みたくなる瞬間の心理と並べてみてほしい。
- 「このままだと、うちの子はどうなるのか」——これは直線本能だ
- 「何か悪いことが起きる気がする」——これは恐怖本能とネガティブ本能だ
- 「あの人は前世からこういう人なんだ」——これは宿命本能だ
- 「全部、水星逆行のせいだ」——これは単純化本能と犯人捜し本能だ
- 「今すぐ決めないと運気を逃す」——これは焦り本能だ
10個のうち、半分以上がスピリチュアル相談の入口と重なっている。
これは占い業界が悪いという話ではない。占いの現場の多くは、こうした恐怖や不安を、儀式の力で一時的に鎮静させるサービスとして機能している。Kaptchukのオープンラベルプラセボ研究(2010, PLoS ONE)が示したように、儀式そのものには症状緩和の効果がある。
問題は、恐怖の側が過剰に膨らんでいることだ。
恐怖が過剰に膨らんだ状態でサービスを消費すると、当然、消費量も過剰になる。月5万、10万と占いに流れていく人の相談を読んでいると、サービスが悪いのではなく、入口の恐怖の見積もりがズレていることが多い。
「脳内の雑音」の正体は、だいたいこの10本能
OwnSoulではずっと「脳内の雑音を消す」というキーワードで書いている。この雑音の正体が何なのかを、長く言語化できないでいた。
ロスリングを読み直して、はっきりした。
脳内の雑音の半分は、この10本能が同時多発で鳴り響いている音だ。
朝、スマホを開く。海外で起きた事件のニュースが目に入る(ネガティブ本能)。同じ時期に起きた別の事件の記憶とつながって、世界は危険になっていると感じる(直線本能)。通勤電車で他人の不機嫌そうな顔が目に入る(パターン化本能)。会社で上司の一言を受け取る(犯人捜し本能)。夕方、子供の将来が心配になる(恐怖本能)。夜、「今すぐ動かないと」と焦る(焦り本能)。
——この日の夜に、占いサイトを開きたくなる。
この流れを「自分が弱いから」と解釈すると、対処は「もっと強くなる」しかなくなる。でも、10本能の観点で見直すと、反応しているのは人間の脳にデフォルトで配線された古い回路だ、ということがわかる。狩猟採集時代、藪の中でがさっと音がしたら、まずトラだと思って逃げた方が生き延びた。その回路が、現代のニュース環境に過剰に点火しているだけだ。
弱いのではない。古いまま使っているのだ。
データで見ると、世界は想像より良くなっている
本書の第2章以降で、ロスリングは一つひとつ数字を並べていく。
- 5歳未満児の死亡率: 1800年代は世界の子供の約4割が5歳までに亡くなっていた。現在は約4%前後まで下がっている(Our World in Data, UN IGME)
- 極度の貧困: 1800年代には世界人口の約85%が極度の貧困の中にいた。1990年にはまだ約36%、現在はおよそ10%前後
- 識字率: 1800年は約10%、現在は約86%
- 女子の初等教育修了率: 低所得国で現在およそ60%
- 1歳児の予防接種率: 約80%
これらの数字が完璧だと言いたいのではない。ロスリング自身、本の中で何度も「世界はまだ悪い。でも、良くなっている。この二つは同時に真だ」と書いている。
"Bad and better" は矛盾しない。
この感覚は、スピリチュアルとの付き合い方を変えるうえで、決定的に効く。
未来が100%安全になるわけではない。でも、「このまま人類は滅ぶ」「子供の世代はもっと苦しい」という恐怖の直線は、データでは支持されていない。むしろ直近200年、ほとんどすべての指標で人間の生活条件は改善している。
この事実に触れた後で、もう一度、自分が不安で占いに駆け込みたくなる瞬間を見てみる。
「本当にそんなに怖いのか?」
この一言を挟めるようになる。
「データで俯瞰する」ことと、「冷笑」は違う
ここで誤解されたくないので、一つ補足する。
FACTFULNESSを読んで「だからスピリチュアルは無意味だ」「不安なんて数字を見れば消える」と言いたいのではない。
データは、恐怖の大きさを修正するための定規として使える。でも、恐怖そのもの、悲しみそのもの、不安そのものは、数字では消えない。身近な人を亡くした直後に世界の平均寿命のグラフを見せても、何の慰めにもならない。
数字は、俯瞰の道具だ。近景には、別の道具がいる。儀式としての占い、深呼吸、散歩、祈り、誰かと話すこと——これらは近景に効く。
だから、本書を読んで僕がやめたのは、「占いに駆け込むこと」ではない。
やめたのは、「世界全体を怖がる状態で、占いに駆け込むこと」だ。
世界全体は、データで見ると、思っているより怖くない。そのベースラインに立ってから、身近な不安に対して儀式を一度使う——この順番にすると、儀式の消費量が激減する。
僕の場合、月に何度もルチルクォーツに話しかけていた時期から、月に1回あるかないかに減った。減らそうとして減ったのではない。ベースラインの恐怖が下がったから、需要が勝手に減ったのだ。
10本能に対抗する、日常の小さな習慣
ロスリングは本の各章末に、10本能ごとに具体的な対処法を書いている。これを、スピリチュアル・占いとの距離を保ちたい人向けに翻訳してみる。
恐怖本能に対して——怖いニュースを見たら、「これは頻度がどれくらいか」を数字で確認するくせをつける。飛行機事故、誘拐事件、通り魔。怖さと頻度は、ほぼ一致していない。
直線本能に対して——「このままだと」という文から始まる自分の思考を、一度止める。ほとんどの線は、直線ではなく曲線で、どこかで頭打ちになる。
単純化本能に対して——「全部〇〇のせい」という説明を疑う。水星逆行、前世、血液型、星座——これらで全部説明できる気がしたら、それは単純化本能が働いている合図だ。
焦り本能に対して——「今すぐ決めないと」という売り文句に出会ったら、一晩寝る。翌朝も同じ強度で急ぎたいなら、本物の急ぎだ。ほとんどは、翌朝には消える。
犯人捜し本能に対して——悪いことが起きたとき、誰か一人の悪者を探すのをやめる。守護霊にも前世にも、別れた恋人にも、母親にも、押し付けない。大抵のことは、複数の原因が重なっている。
この5つを日常に入れるだけで、占い相談への「需要」は静かに下がる。サービスを断つのではない。入口の恐怖が、だんだん等身大に戻る。
「脳内の雑音を消す」は、数字でも消せる
OwnSoulで書き続けたいのは、雑音を消すための道具を増やしていくことだ。
瞑想、ヨガ、睡眠、Apple Watchでの心拍ログ、脱SNS——これらは体や時間の側から、雑音を下げる。
FACTFULNESSが教えてくれたのは、知識の側からも雑音は下げられるということだ。
世界の子供の80%が1歳までに予防接種を受けている。極貧は過去30年でほぼ半減した。低所得国でも女子の6割が小学校を卒業している。——これらの事実は、夜中に不安になったときの、ひとつの毛布になる。
「世界は、僕が思っているより、悪くない」
この一行を自分の中に置いておくだけで、スピリチュアルへの駆け込み頻度は、確実に下がる。
業界を敵にしない、というOwnSoulの姿勢
最後に、この記事の立ち位置を、もう一度書いておきたい。
FACTFULNESSを引いたからといって、占いやスピリチュアルを否定したいのではない。
占いは、近景の不安を儀式で鎮める道具として機能する。データは、遠景の恐怖を修正する定規として機能する。両方ある方が、人はラクに生きられる。
問題は、遠景の恐怖が膨らみすぎて、近景の儀式が過剰消費になったときだ。このときだけ、FACTFULNESS的な俯瞰が効く。
月の占い代が家計を圧迫しているとき、不安で眠れない夜が続いているとき、「このままだと」という文ばかり頭の中を流れているとき——そのときは、ロスリングの10本能のリストを一度眺めてみてほしい。
自分の恐怖が、どれに当てはまっているか。
当てはまった時点で、その恐怖は、古い回路が勝手に鳴っているノイズだ、ということに気づける。
気づけば、音量は下げられる。
了
参考文献
- ハンス・ロスリング、オーラ・ロスリング、アンナ・ロスリング・ロンランド『FACTFULNESS——10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣』(日経BP, 2019/原著 Factfulness: Ten Reasons We're Wrong About the World—and Why Things Are Better Than You Think, Sceptre, 2018)
- Gapminder Foundation, Ignorance Project / Gapminder Test 2017
- Our World in Data, Child Mortality, Extreme Poverty, Literacy
- UN Inter-agency Group for Child Mortality Estimation (UN IGME)
- Kaptchuk, T. J. et al. (2010). Placebos without Deception: A Randomized Controlled Trial in Irritable Bowel Syndrome. PLoS ONE, 5(12), e15591.