「"癒し"という言葉が、両方の現場で違う意味で使われている。」
——この一文から始めたい。
僕はスピリチュアルも心理学も両方かじった。占いにも行ったし、パワーストーンも買った。並行して、BanduraやKahnemanやEthan Krossを読んだ。——そこでわかったのは、両方が使う言葉が、同じ発音で、違う意味を指しているという事実だ。
スピリチュアルをやめろ、という話じゃない。心理学のほうが正しい、という話でもない。——ただ、同じ単語で違うものを指していると、会話がすれ違うし、自分の中でも混乱する。
この記事では「癒し」「エネルギー」「浄化」「引き寄せ」「自己」——この5つの言葉を並べて、両分野での意味を並べてみる。
「癒し」——ヒーリングとセラピーは別物だ
「癒し」は日本語でいちばん曖昧に使われている言葉だ。
スピリチュアルの現場での「癒し」は、外から注がれるものを指すことが多い。レイキ、音叉、クリスタル、ヒーラー——誰か/何かが、僕の滞ったエネルギーを流してくれる、という構図だ。
心理学の現場での「癒し(セラピー)」は違う。——本人が語ることで本人が処理する、という構図だ。セラピストは鏡になるだけで、エネルギーを注ぐ役ではない。
同じ「癒された」という感想でも——
- スピリチュアル:誰かに何かをしてもらった
- 心理学:自分の中で何かが動いた
この違いを意識するだけで、自分が何を求めているのかがはっきりする。
僕がルチルクォーツを買ったとき、期待していたのは前者だった。——1年近く経って気づいたのは、実際に起きたのは後者だったということだ。
「エネルギー」——物理量なのか、比喩なのか
「エネルギーが高い」「波動が重い」——この手の言葉も、両分野で意味が違う。
スピリチュアルでの「エネルギー」は、目に見えない何かが実在する、という前提で使われる。オーラ、チャクラ、気——測定はできないが、ある、とされる。
心理学での「エネルギー」は、比喩だ。——「心理的エネルギー」は、注意資源(attention)や自我消耗(ego depletion、Baumeister 1998)のメタファーとして使われる。物理的に存在する何かではなく、行動や集中の配分を指す言葉だ。
どちらが正しい、という話ではない。——ただし、「あの人はエネルギーが高い」と言ったとき、自分がどちらの意味で言っているのか、言われた側がどちらで受け取っているのか、気にしたほうがいい。
僕は今、両方使う。——石を握るときは前者、仕事の集中が切れたときは後者。意識して使い分けると、自分の状態が把握しやすくなる。
「浄化」——儀式なのか、処理なのか
月光浴、セージ、塩——スピリチュアルの「浄化」は、儀式を通じて何かを洗い流す行為だ。対象は「悪い気」「ネガティブなエネルギー」とされる。
心理学での「浄化」に近い概念は、エクスプレッシブ・ライティング(James Pennebaker 1986以降の一連の研究)や、感情のラベリング(Lieberman et al. 2007, Psychological Science 18(5):421-428)だ。——書き出す、名前をつける。それで扁桃体の活動が下がる、という実験データがある。
両方、やっていることは似ている。「何かを外に出す」という構造は共通だ。——違うのは、前者は対象を「エネルギー」とし、後者は「言語化されていない感情」とする点だ。
僕の実感を言う。——石を月光に当てる夜、僕がやっているのは石の浄化じゃない。——僕の頭の整理だ。窓辺に石を置く5分間、僕は今日あったことを反芻している。それが「浄化」の中身だ。
儀式を否定したいわけじゃない。儀式が「書き出す」「名前をつける」の代わりに機能しているなら、それは立派な心理的プロセスだ。——ただし、外側に何かが起きている、という誤解から入ると、効き方を見失う。
「引き寄せ」——願望実現なのか、注意の選択的バイアスなのか
「引き寄せの法則」という言葉は、スピリチュアル側では願ったものが物理的に近づいてくる、という文脈で使われる。
心理学でこれに近いのは、選択的注意(selective attention)と確証バイアス(confirmation bias、Wason 1960)だ。——車を買ったあと、街中でその車種ばかり目につくようになる、あの現象だ。対象は前からそこにあった。変わったのは、自分の注意のフィルターだ。
「引き寄せた」のではない。——「見えるようになった」。
これは、効果を否定する話じゃない。逆だ。——見えるようになれば、行動が変わる。行動が変われば、機会が増える。機会が増えれば、成果が出る。結果として、引き寄せたように見える。
ただし、この連鎖は「願うだけ」では動かない。注意を向ける→行動する、という足が必要だ。——「引き寄せ」という言葉だけに寄りかかると、そこが抜け落ちる。
「自己」——魂なのか、自己概念なのか
最後に、いちばん根っこの言葉だ。
スピリチュアルでの「自己」は、多くの場合、魂(soul)や真我(true self)を指す。——肉体を超えた、変わらない本質。
心理学での「自己(self)」は違う。——自己概念(self-concept、Markus 1977)、自己効力感(self-efficacy、Bandura 1977)、可能自己(possible selves、Markus & Nurius 1986)。いずれも、経験と認知の中で構築され、書き換えられるものだ。
前者は「見つけるもの」、後者は「作っていくもの」という違い、と言ってもいい。
OwnSoulという名前に、僕は両方の意味を込めた。——自分の魂(soul)は自分のものだ。自分で書き換える(own)ものだ。見つけるのでも、誰かに見てもらうのでもない。
混ぜて使ってもいい。ただし、自覚はしておく
誤解のないように言う。——スピリチュアルの言葉を使うな、という話じゃない。
僕自身、石を握るし、月に願う夜もある。——ただし、そこで自分が心理的に何をやっているのかは、裏側でわかっている。それが「使い方をアップグレードする」ということの中身だ。
同じ言葉で違うものを指していると気づくと、2つのいいことがある。
1つ。——自分が何を求めているかがはっきりする。「癒し」が欲しいとき、それは「誰かに何かしてほしい」のか「自分の中で何かを動かしたい」のか。言葉を分解すると、次の行動が変わる。
2つ。——人と話すとき、すれ違いが減る。友人が「エネルギーが重い」と言ったとき、物理的な話なのか、集中が切れている話なのか、聞けるようになる。
まとめ——辞書を2つ持っておく
スピリチュアルと心理学は、ライバルじゃない。——別々の辞書だ。
同じ発音の言葉が、違うページに載っている。両方の辞書を開けるようになると、自分に起きていることを2つの角度から見られる。
「癒された」と感じたとき。「エネルギーが変わった」と感じたとき。「引き寄せた」と感じたとき。——そのたびに、どっちの辞書を引いたか、確認してみるといい。
答えは出ないかもしれない。——でも、問いが立つようになる。それが、この記事で伝えたかったことだ。
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——2つの辞書を行き来する話なら、こっちも。
本記事は公開情報と個人的な体験に基づく考察であり、医療行為・治療の代替を意図したものではない。メンタルヘルスの不調を感じた場合は、精神科・心療内科などの専門家に相談することをお勧めする。