占いをやめられない人に共通する"身体の記憶"——トラウマと依存の科学
最初に、一つだけ断っておきたい。
この記事は、医療アドバイスではない。自己診断のための文章でもない。もし今、日常生活に支障が出るほどの不安や、過去の出来事のフラッシュバックに悩んでいるのなら、この記事を読み終える前に、心療内科・精神科・トラウマを扱える臨床心理士のところに相談してほしい。それが、どんな記事よりも先に来る選択肢だ。
そのうえで、ここに書くのは、「占いをやめたいのに、やめられない」と感じている人の背景についての、慎重な一枚の地図だ。
僕自身は、臨床的なトラウマ体験を持たない。だからこの記事では、当事者として語るのではなく、寄り添う立場で書く。読んだあなたが、自分を責める材料を一つ減らせたら、それで十分だ。
「意志が弱いからやめられない」——その診断は、たぶん間違っている
占いに頻繁に通ってしまう、電話占いを深夜に開いてしまう、何軒もの占い師を渡り歩いてしまう——そういう状態にある人が、自分を責める言葉はだいたい決まっている。
「意志が弱いから、やめられない」
「依存しやすい性格だから、仕方ない」
「自分がダメだから、鑑定に頼ってしまう」
この自己診断、たぶん、半分以上は間違っている。
ここで紹介したいのは、米国の精神科医ベッセル・ヴァン・デア・コークが2014年の著書『身体はトラウマを記録する——脳・心・体のつながりと回復のための手法』(原題 The Body Keeps the Score、みすず書房)で一貫して書いたことだ。
トラウマは、物語ではなく、身体反応として残る。
過去の出来事を「嫌な記憶として覚えている」だけなら、話は簡単だ。頭で整理すれば、時間とともに薄れていく。だがヴァン・デア・コークが臨床現場で見続けてきたのは、そうではない患者たちだった。
頭では「もう終わったこと」だと理解しているのに、身体のほうが反応し続けてしまう。電車の揺れ、ある種の匂い、似た声のトーン——日常のなんでもない刺激に、心臓が跳ね、呼吸が浅くなり、思考が飛ぶ。
本人は「今、危険なものは何もない」と分かっている。それでも、身体が止まらない。
前頭前野・扁桃体・海馬——三つの部屋で何が起きているか
ヴァン・デア・コークは、トラウマ反応を脳の三つの部屋で説明する。専門用語を最小限にして、慎重に紹介したい。
扁桃体(へんとうたい)。ヴァン・デア・コークは「脳の煙感知器」と呼ぶ。危険を察知すると、思考より前に身体を反応させる。心拍、呼吸、筋肉、ホルモン——すべてを一気に戦闘モードに切り替える。
前頭前野(ぜんとうぜんや)。同じ比喩で「見張り台」と呼ばれる。「煙感知器が鳴っているが、これは本物の火事ではない」と判断する、理性の部屋だ。
海馬(かいば)。出来事に「いつ・どこで」という時間と場所のタグを付ける、記憶の整理役だ。海馬が働いていれば、嫌な記憶は「あのとき・あの場所」に格納される。過去のものになる。
健康な脳では、この三つが連携する。煙感知器が鳴っても、見張り台が「大丈夫だ」と判断すれば、身体は落ち着く。嫌な出来事は、海馬が過去の棚に整理してくれる。
トラウマ反応下では、この連携が崩れる。
扁桃体は鳴りっぱなし。前頭前野は「オフライン」になり、冷静な判断ができない。海馬がタグ付けに失敗し、記憶が「いつ・どこで」を失って、身体の中に現在形のまま残り続ける。
これがヴァン・デア・コークの一番中心的な主張だ。書名の直訳「身体はスコアを刻み続ける」は、この状態を指している。
(なお、同書は学術的に高く評価される一方で、一部の神経科学者から「比喩が先行している」といった批判もある。あくまで臨床的な枠組みとして紹介する)
複雑性PTSD・愛着障害——単一事象ではないトラウマ
もう一つ、区別したい概念がある。
一般に「PTSD」と呼ばれるのは、事故・災害・暴力被害など、単一の衝撃的な出来事に由来する症状を指すことが多い。
しかし、ヴァン・デア・コークが臨床で向き合い続けてきたのは、それとは少し違う人たちだった。
子ども時代に、安全でない家庭で育った人。親からの愛情が予測不能だった人。感情を出すと罰せられた人。存在そのものを否定され続けた人。——こうした反復的・長期的な環境で形成される状態を、近年は 複雑性PTSD(C-PTSD) と呼ぶ。WHOのICD-11(2022年改訂)で正式に収載された。
隣接する概念として 愛着障害 がある。乳幼児期に、主な養育者との安定した絆を結べなかったことで、後年の対人関係全般に影響が残る状態だ。
この二つに共通するのは、「一回きりの出来事」ではなく、「毎日が、少しずつ安全でなかった」という形の傷だ。
単一事象のPTSDと違って、C-PTSDや愛着障害を持つ人は、自分の症状を「トラウマ」だと認識しにくい。なぜなら、自分にとってはそれが当たり前の日常だったからだ。
「自分は、普通に育った」
「親も大変だったし、仕方がなかった」
「そんなにひどい目に遭ったわけじゃない」
——こう感じている人の中に、静かにC-PTSDの特徴を抱えている人は、少なくない。
そして、ここからが今回の記事の核心だ。
「占いをやめられない」が、身体の守りである可能性
C-PTSDや愛着障害を持つ人の身体には、世界は予測不能で危険だという信号が、常時低音で鳴っている。
扁桃体が過敏になっている。小さな不安にも、大きく反応してしまう。前頭前野の「大丈夫だ」という声が、なかなか届かない。
この状態で日々を生きていると、人は自然に、不安を秩序づけてくれる外部の声を探す。
明日は何が起きるか分からない。来週の私は大丈夫だろうか。あの人との関係はどうなる。お金は足りるか。——こうした無数の問いに、ほんの少しでも答えをくれる存在。
そこに、占いが、きれいに噛み合う。
「今週の金運は、こうです」
「あなたの気になる人は、こう感じています」
「来月には、転機が来ます」
当たるか当たらないかは、実は二次的な話だ。世界に仮の秩序が与えられる——ここが、身体にとっての安堵なのだ。
扁桃体が鳴り続ける身体に、占い師の言葉は、一時的な鎮静剤として機能する。
これは、弱さではない。身体が、自分を守ろうとして編み出した、長年の戦略だ。
ヴァン・デア・コークが繰り返し書いていることがある。トラウマを生き延びた人の症状の多くは、「病気」ではなく、「その時点での、最善の生存戦略の名残」だ。
「占いをやめられない自分」は、ダメな自分ではない。
それは、不安の世界をなんとか生き延びてきた、あなたの身体の声かもしれない。
頭で考えても届かない理由
よく、周囲の人は言う。
「占いなんて、当たらないよ」
「依存してたら、お金がもったいないよ」
「自分で決めたほうがいい」
正論だ。でも、これらの言葉は、効かない。
なぜなら、これらの言葉は全部、前頭前野に向けて発せられているからだ。
トラウマ反応下で鳴り続けているのは、扁桃体のほうだ。扁桃体は、言葉を理解しない。理解するのは、身体感覚と、安全の実感だけだ。
だから、「占いをやめよう」と頭で決意しても、身体が納得していなければ、指はまた電話占いのアプリを開く。意志が弱いのではない。アクセスする回路が違うのだ。
ヴァン・デア・コークが本の後半で紹介する治療法は、すべてこの一点に向かっている。
——言葉ではなく、身体を経由して、安全を再学習する。
治療の選択肢——EMDR、ソマティック・エクスペリエンシング、トラウマ・センシティブ・ヨガ
ここから先は、治療の紹介だ。繰り返すが、自己診断や自己治療を勧めるものではない。選択肢があることだけを知ってほしい。
EMDR(眼球運動による脱感作と再処理法)
米国の心理学者 Francine Shapiro が1987年に創始した手法だ。過去の記憶を想起しながら、セラピストの指示に従って眼球を左右に動かす。すると、海馬のタグ付けに失敗したまま凍結していた記憶が、少しずつ「過去のもの」として処理されていく——というメカニズムが提唱されている。
単一事象のPTSDでは、3セッションで症状が有意に改善したという報告もある(Shapiro, 2018; American Psychological Association のガイドラインでも推奨)。世界保健機関、英国 NICE、米国退役軍人省などが、PTSDへの推奨治療として挙げている。
なぜ眼球運動が効くのかについては、現在も科学的議論が続いている。ただ、効果があることは多くのRCTで確認されている。
日本でも、EMDR日本学会の認定を受けた臨床家が各地にいる。保険適用の範囲は施設により異なるので、心療内科・精神科に相談のうえ紹介を受けるのが安全だ。
ソマティック・エクスペリエンシング(Somatic Experiencing, SE)
Peter A. Levine が50年以上かけて体系化した手法だ。Levine は、自然界の動物が命の危機に遭遇しても長期的なトラウマ症状を残さないことに着目し、人間がトラウマを残してしまう理由を「凍りついた身体反応が、完了していないから」と捉えた。
SEでは、セラピストが身体感覚をゆっくり追いかけながら、扁桃体の過剰反応を少しずつ解凍していく。Levineの著書『身体に閉じ込められたトラウマ』『心と身体をつなぐトラウマ・セラピー』は日本語訳も出ている。
日本では SE ジャパンが認定プラクティショナーを公開している。
トラウマ・センシティブ・ヨガ(Trauma Sensitive Yoga, TSY)
ヴァン・デア・コークが2014年に Journal of Clinical Psychiatry に発表した研究が、この分野の起点の一つだ。共同研究者の David Emerson が開発した、PTSD患者向けに調整されたヨガの枠組みで、「この形を取ってください」という指示語ではなく、「この形を試してみてもいいですし、別の選択でも構いません」という選択の言葉を用いる。
2023年にはJAMA Network Openに追試が掲載され、認知処理療法(CPT)と同等の効果が、より高い継続率で得られることが報告された。
一般的なヨガスタジオで受けられるものではなく、TSY認定講師のもとで行うものだ。日本でも少数だが認定講師が活動している。
(補足として、僕は朝礼のような形で Apple Watch のマインドフルネス機能を使ったり、軽いヨガをしている。それは健康習慣としての実践だ。トラウマ治療としてのTSYとは別物だ、という線引きは正確にしておきたい)
「脳内の雑音を消す」——OwnSoul の結論
OwnSoul でずっと使ってきた言葉がある。
「脳内の雑音を消す」。
この雑音は、誰にでもある。SNSのタイムライン、広告のコピー、他人の評価、将来の不安。——それらを整理することで、日々を少し軽くできる。OwnSoul の記事の多くは、ここを扱ってきた。
ただ、雑音の音量が、自分の意志では下げられないくらい大きく感じる人がいる。占いをやめたいのにやめられない、不安がいつも身体のどこかで鳴っている、夜にひとりでいると胸が詰まる。——こうした状態は、意志の問題ではなく、身体の記憶の問題かもしれない。
そのときは、セルフヘルプの記事ではなく、専門家の力を借りてほしい。
心療内科でまず相談する。トラウマを扱える臨床心理士を紹介してもらう。必要なら、EMDR・SE・TSY の認定を持つ専門家につなげてもらう。——この経路が、一番安全だ。
相談先の探し方として、以下のあたりが入り口になる。
- 日本トラウマティック・ストレス学会(JSTSS)の会員検索
- 日本EMDR学会の認定臨床家リスト
- SE ジャパンのプラクティショナー一覧
- 各自治体の精神保健福祉センター(無料相談窓口)
どこを選ぶか迷うのは当然だ。迷うこと自体を、自分の力のなさとは思わないでほしい。
自分を責めないための、一行
この記事の一番伝えたいことを、最後に一行で置いておく。
占いをやめられない自分は、弱い自分ではない。それは、身体が守っていた記憶の声かもしれない。
声を責めるのではなく、声の来源を、専門家とゆっくり見つけていく。——それが、OwnSoul が置きたい一つの選択肢だ。
占いは、この道のりの敵ではない。儀式としての占いは、今でも十分に機能する。問題は、占いを使っている側の身体に、鎮まることができない古い信号が残っていることのほうだ。
その信号に、言葉ではなく、身体を経由して、ゆっくり届いてほしい。
そのために、専門家がいる。
参考文献
- ベッセル・ヴァン・デア・コーク『身体はトラウマを記録する——脳・心・体のつながりと回復のための手法』(柴田裕之訳、みすず書房、2016/原著 The Body Keeps the Score, Viking, 2014)
- Shapiro, F. (2018). Eye Movement Desensitization and Reprocessing (EMDR) Therapy: Basic Principles, Protocols, and Procedures (3rd ed.). Guilford Press.
- Levine, P. A. (1997). Waking the Tiger: Healing Trauma. North Atlantic Books.
- Emerson, D., & Hopper, E. (2011). Overcoming Trauma through Yoga. North Atlantic Books.
- van der Kolk, B. A., et al. (2014). Yoga as an adjunctive treatment for posttraumatic stress disorder: A randomized controlled trial. Journal of Clinical Psychiatry, 75(6), e559-e565.
- WHO ICD-11 (2022) 6B41 Complex post-traumatic stress disorder
注意書き(再掲)
本記事は一般的な情報提供を目的としたもので、医学的診断・治療を代替するものではありません。トラウマ関連の症状で困っている方は、必ず心療内科・精神科・臨床心理士など専門の医療・臨床資格者にご相談ください。