内なる声をリソースに変える——Chatterを読んで占いの使い方が変わった

占い師に電話したくなる瞬間、というのが人生には何度かある。

僕の場合、それはたいてい夜中だった。仕事のトラブル、人間関係のもつれ、先が見えない不安——頭の中で同じ言葉がぐるぐる回って、止まらない。「どうしよう」「なんであんなことを言ったんだろう」「明日はどうなるんだろう」。

その声を止めたくて、誰かに聞いてほしくなる。誰かに「大丈夫だよ」と言ってほしくなる。

この記事では、占いそのものを否定したいわけじゃない。僕自身、ルチルクォーツに17,000円を払った人間だし、占い師に助けられた経験もある。

ただ、占いに頼る前に、一度だけ立ち止まって確認したい「内側の技術」がある——という話をしたい。

ミシガン大学の心理学者イーサン・クロスが2021年に出した『Chatter——「頭の中のひとりごと」をコントロールし、最良の行動を導くための26の方法』は、この内側の技術を、実験心理学と神経科学のデータで裏付けながら書いた本だ。

頭の中には、常に誰かが喋っている

Kross の本の出発点は、ひとつの観察から始まる。

人間の頭の中には、内的対話(inner dialogue)が常に走っている。自分自身と、自分自身が、ずっと喋り続けている。

これ自体は、人間の脳の正常な働きだ。過去を振り返り、未来を計画し、複雑な感情を言語化するために、僕たちは頭の中で自分と対話している。作業記憶(working memory)の音韻ループがこれを担っていて、Kross によれば人は1日のうち相当な時間、この内的対話の中にいる。

問題は、この内的対話が暴走した状態——Kross が Chatter(チャター、雑音) と呼ぶ状態——になったときだ。

Chatter の特徴は、こうだ。

Kross は2021年の Behavioral Scientist 誌の寄稿で、Chatter を放置すると「健康を蝕み、気分を沈め、社会的つながりを傷つけ、プレッシャー下で崩れる原因になる」と書いている。

そして、占い師に電話したくなる夜の多くは、この Chatter が頂点に達している瞬間だ

外部の誰かに、この声を止めてほしい。外部の権威に、「あなたは大丈夫」と言ってほしい。——この欲求自体は、まったく自然だ。

ただ、順番が逆だと、依存の入り口になる。

Kross 2014——三人称で自分を呼ぶと、何が起きるか

Kross の研究で最も有名なのは、2014年に Journal of Personality and Social Psychology(JPSP)に掲載された論文 Self-talk as a regulatory mechanism: how you do it matters(Kross et al., 2014, 106(2), 304–324)だ。

この研究は、7つの実験・585人の被験者を通じて、ひとつの問いを検証した。

内省するときに使う「言葉」——特に自分をどう呼ぶか——は、ストレス下のパフォーマンスを変えるか?

実験のデザインはシンプルだ。被験者を二つのグループに分ける。

そのうえで、初対面の相手に良い印象を与えるタスク(Study 2)や、公衆の前でスピーチをするタスク(Study 3)を課す。

結果は一貫していた。

非一人称グループは、客観的な評価者から見てパフォーマンスが高く、ストレス反応が小さく、タスク後の反芻(post-event processing)も少なかった。

Kross の解釈はこうだ。三人称や自分の名前で自分に語りかけると、脳は自動的に「他人のことを考えるときの回路」を使い始める。他人の悩みは、自分の悩みより冷静に、俯瞰的に、アドバイスできる——あの感覚を、自分自身に対して使えるようになる。

この現象を、Kross は distanced self-talk(距離化されたセルフトーク) と呼んだ。

2017年には Nature の Scientific Reports に、Moser・Dougherty・Kross らによる追試が掲載された。ERP(脳波)と fMRI の両方で、三人称セルフトークは認知的な努力をほとんど使わずに感情制御を達成していることが示された(Moser et al., 2017, Scientific Reports, 7, 4519)。

これが効く理由は重要だ。「頑張って冷静になる」のではない。主語を変えるだけで、脳の処理モードが自動で切り替わる。

距離を取る、という技術

Kross の本で繰り返し出てくるキーワードが self-distancing(自己距離化) だ。三人称セルフトークは、その一つの手段にすぎない。

他に Kross が挙げる手段は、こうだ。

メンタルタイムトラベル。 今の悩みを「1か月後の自分」「1年後の自分」「10年後の自分」の視点から眺めてみる。ミシガン大学の Emotion & Self Control Lab の一連の研究で、この時間的距離化は不安と反芻を有意に減らすことが確認されている。

「壁のハエ」になる。 自分が悩んでいる場面を、部屋の壁に止まったハエの視点から見ている——そう想像する。このイメージ一つで、感情の強度が下がる。これは Kross と Ayduk が2000年代から積み重ねてきた一連の実験の、中核的な手法だ。

儀式化(rituals)。 固定した手順を持つ小さな行動——お茶を淹れる、朝のヨガ、決まったルートを歩く——は、作業記憶を占有することで Chatter の回転を遅くする。Kross は本書で、この儀式の効果を「複数経路から作用するチャター低減カクテル」と表現している。

ここで、僕自身の生活の話に戻る。

僕は2年間、SNSを完全に離れていた時期がある。朝、Apple Watch の呼吸アプリで1分止まる。毎朝ヨガを10分やる。Apple Fitness+ のメディテーションを週に何度か通す。これらはすべて、Kross の定義で言えば儀式だ。

脱SNSの2年間で分かったのは、Chatter はネタを与えられすぎると暴走する、ということだった。他人の言葉、他人の怒り、他人の比較——これらが流れ込む量を絞るだけで、頭の中のひとりごとは、驚くほど静かになった。

占いは否定しない。ただ、順番がある

ここで、占いの話に戻す。

OwnSoul は、占い業界を否定するメディアじゃない。占いには、長い歴史があり、人を救ってきた蓄積があり、優れた実践者がいる。僕自身、困ったときに占い師の言葉に助けられた経験がある。

ただ、Kross の研究を読んでから、自分の占いの使い方が変わった

以前の僕は、Chatter が暴走している夜に、そのまま占い師に電話をかけていた。頭の中がぐちゃぐちゃのまま、「どうすればいいでしょうか」と聞いていた。

いまの僕は、電話をかける前に、一度やることがある。

自分の名前で自分に話しかける。「Ryo はいま、何が一番怖いと思っている?」「Ryo はいま、何について、誰に、どう伝えたがっている?」——紙に書く日もあるし、頭の中だけでやる日もある。

この15分をはさむだけで、占い師に聞きたいことが、がらっと変わる

「どうすればいいですか」から、「この選択肢AとBのうち、自分はAが怖くてBを選びそうになっている。この怖さは、客観的にはどう見えますか」に変わる。

これは占いにとっても良い変化だ。占い師の側からしても、Chatter のままの質問より、整理された質問のほうが、ちゃんとした鑑定ができるはずだ。

占いは、自分の内なる声を聞き切ったあとに、外の視点を一つ借りる場所として使う。 逆順にしない。

これが、Chatter を読んで僕の中に残った、一番大きな変化だった。

今夜、静かにやれること

長くなった。最後に、今夜からやれることを三つだけ書いておく。

一つ目。「いま自分は何を考えている?」と自分に聞くとき、自分の名前で聞く。「◯◯はいま、何を考えている?」——これだけ。最初はくすぐったいが、3日もすると慣れる。Kross のデータが示すとおり、これだけで脳の処理モードが変わる。

二つ目。眠れない夜、「10年後の自分」から今日の悩みを眺める。10年後の自分は、今日の悩みをどう振り返るだろうか。ほとんどの悩みは、10年後の自分から見ると、思ったより小さい。

三つ目。毎朝、同じ手順の儀式を一つ持つ。お茶でも、ヨガでも、散歩でも、呼吸でもいい。Chatter の回転数を下げる装置として、儀式は想像以上に効く。

占い師に電話する前に、この三つを。

それでも整理がつかないときは、ちゃんとした占い師のところに行けばいい。そのときの質問は、Chatter のままの「どうすればいい?」ではなく、「自分はここまで見えていて、ここから先が見えない」という、整理された問いになっているはずだ。

脳内の雑音を消す技術は、占いを捨てる技術じゃない。占いをもっと良い道具として使うための、下ごしらえの技術だ。

内なる声は、敵じゃない。使い方を覚えれば、一番近くにいる相談相手になる。


参考文献


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