SNSをやめる具体的フェーズ——2年かけて僕が使ったステップ
2年前の僕は、電車の中でスマホを開き、何を開こうとしたのか忘れ、気づいたらタイムラインをスクロールしていた。
降りる駅を一度、通り過ぎた。
それが、やめようと思った最初のきっかけだ。「依存」という自覚はなかった。ただ、自分の注意が自分のものじゃない、という感覚があった。
この記事は、そこから2年かけて僕がSNSをほぼ完全に離脱するまでに通った、いくつかのフェーズを記録したものだ。ガイドとして書くけれど、押し付けではない。「僕はこうだった」という記録として読んでほしい。
ひとつだけ先に書いておくと、2年かかった、というのが一番大事な情報かもしれない。一晩でやめられるものではなかった。
前提: なぜ「意志」ではうまくいかないのか
最初の数か月、僕は意志でなんとかしようとして、何度も失敗した。
Cal Newport が Digital Minimalism(2019, Portfolio)で書いている通り、SNSは意志で抵抗できる設計になっていない。スロットマシンと同じ可変比率強化スケジュールで脳の予測誤差回路を狙い撃ちしているからだ(Schüll, 2012, Addiction by Design, Princeton University Press)。
Hunt Allcott らの大規模RCT(Allcott, Braghieri, Eichmeyer & Gentzkow, 2020, The Welfare Effects of Social Media, American Economic Review)では、Facebook を4週間離脱させた被験者は、主観的幸福度が有意に上がり、政治的分極化が下がり、1日あたりの自由時間が約1時間増えた。しかも、実験終了後もSNS使用時間が恒久的に減った——意志ではなく、環境を変えたからだ。
だから僕も、意志ではなく段階に頼ることにした。
以下は、僕が通ったフェーズ。順番には意味がある。
フェーズ1: 通知を全部切る(約1週間)
最初にやったのは、アプリを消すことじゃなかった。通知を切ることだ。
iPhoneの設定から、SNS・メール・ニュース・Slack以外のあらゆるプッシュ通知をオフにした。ロック画面のバッジも消した。
これだけで、スマホを自分から開く回数と、通知で引き寄せられる回数のどちらが多かったのかが、はじめて見えるようになった。
結果は、8対2くらいで通知のせいだった。
通知が来ないと、不思議と開かない。開かないと、見ない。見ないと、次を確認したくならない。予測誤差の回路に、餌をやるのを止めた状態だ。
この段階で、離脱症状は軽くあった。電車に乗った瞬間、ポケットに手が伸びる。信号待ちで、無意識に画面を見ている。僕はそのたびに、「あ、いま手が動いたな」と観察することにした。止めようとはしなかった。
止めようとすると、意志の勝負になる。観察に切り替えると、習慣の一部が可視化される。ハビットリバーサル療法(Azrin & Nunn, 1973)が使うawareness trainingに近い。気づくだけで、ループの回転はゆるむ。
フェーズ2: ホーム画面からアイコンを消す(約2週間)
次にやったのは、アプリの削除ではなく、ホーム画面から外すことだ。
アプリ自体はライブラリに残す。ただし1画面目には置かない。これだけで、「なんとなく開く」が止まる。SNSを開くには、右にスワイプしてライブラリを開き、検索するか、フォルダを探すかしなければいけなくなる。
この3秒の摩擦が、想像以上に効いた。
Newport はこの設計思想を attention residue を残さない導線と呼んでいる。注意は、アプリを開いた瞬間ではなく、アイコンが目に入った瞬間から引っ張られ始める。視界からアイコンを消すだけで、注意の残響が減る。
この段階で、SNSを見る回数は1日20回から5回くらいに落ちた。
フェーズ3: 使用時間の上限を決める(約1か月)
数が減ったあと、僕は iPhone のスクリーンタイム機能で、SNSアプリに1日15分の上限をかけた。
上限を超えると、グレーアウトして開けなくなる。解除はできるけれど、4桁のパスコードを入れないといけない。
ここで大事だったのは、自分にとって無理のない時間を決めることだった。いきなりゼロにすると反動が来る。15分は、「ちょっと足りないな」と感じるけど、我慢できない量ではない絶妙な長さだった。
この頃、離脱症状は退屈という形で現れた。夜、娘を寝かしつけたあとの1時間、することがわからない。何を楽しんでいたのか思い出せない。これはかなりきつかった。
ドーパミン・ファスティングという言葉が最近流行っているけれど、「脳の報酬系をリセットする」という主張には、いまのところ確かなエビデンスが見当たらない。僕の実感としても、「断つ」だけでは穴が空くだけだった。効いたのは、むしろ代替行動の設計のほうだ。
僕は、この退屈の時間に、別の習慣を挿し木することにした。本を1冊机に置く。紅茶を淹れる。ルチルを手に取る。朝ヨガの時間を夜にもずらして、寝る前にマットに座る。
退屈は、次に何を習慣化したいかを教えてくれる信号だった。
フェーズ4: アプリを削除する(約3か月目)
ここで、ようやくアプリの削除に踏み切った。
削除しても、ブラウザからログインできる。でも、毎回ログインする手間があるだけで、アクセス頻度は劇的に落ちる。これも摩擦の設計だ。
このフェーズで、僕はSNSを見ないと得られない情報が、思っていたほど多くないことに気づいた。仕事の連絡はメールとSlackに来る。ニュースは新聞アプリで十分。友人の近況は、年に数回会うときに直接聞けばいい。
「SNSを見ないと取り残される」という恐怖——FOMO(Fear of Missing Out)は、SNSを使っている人にだけ発生する感情だった。使わなくなると、そもそも「何を見逃したか」がわからないから、恐怖も発生しない。
FOMOの研究で知られる Andrew Przybylski の2013年の論文(Computers in Human Behavior, Vol. 29)でも、FOMOは使用時間と相関するが、使用時間を減らすと低下する、と報告されている。取り残される恐怖は、離脱したら消える。これは実感と完全に一致した。
フェーズ5: アカウントを凍結する(約半年目)
削除ではなく、凍結にしたのは、復元の選択肢を残しておきたかったからだ。
完全削除すると、過去の投稿とDMが全部消える。仕事上の連絡履歴が残っているアカウントもあった。だから、ログインできない状態にするだけに留めた。
パスワードを自分が覚えていない長い文字列に変え、メモに書かずに紙に書いて、家の引き出しの奥にしまった。これで「再開するには物理的に紙を探さないといけない」という摩擦が生まれる。
この頃から、脳内の雑音が本当に減った、と感じるようになった。
朝起きて、何を考えているのか、自分でわかる。Apple Watchのマインドフルネスアプリで3分座ると、浮かんでくる考えの数が、以前の半分以下になっている。情報のかけらが、頭の中を回遊しなくなった。
フェーズ6: リバウンドを想定する(ずっと続く)
ここまで来ても、リバウンドは来る。
僕の場合、一番危なかったのは、仕事のストレスが強かった時期だった。脳が、強い予測誤差の刺激を求める。「ちょっとだけ見よう」という声が、頭の中で大きくなる。
このときに効いたのは、代替の予測誤差を用意しておくことだった。
- 写真を撮りに、まだ行ったことのない街に出る
- 図書館で、普段選ばない棚の本を1冊、背表紙だけで選ぶ
- ルチルや石を触る(これは娘の真似から始まった)
- 娘と一緒に、公園の遊具を「今日は何で遊ぶか」娘に決めさせる
どれも、「次に何が起きるか、わからない」体験だ。SNSと同じ回路を刺激するけれど、設計されていないランダム性だから、脳の報酬系を食いつぶさない。
2年経って、残ったもの
振り返ると、僕がやったのは「SNSを我慢すること」ではなかった。
摩擦を少しずつ増やす設計を、半年ごとに積み上げていっただけだった。通知→ホーム画面→時間制限→アプリ削除→アカウント凍結→代替行動。どれも、単体では大したことがない。ただ、重なると効く。
2年経って残ったのは、静かな生活と、増えた会話と、朝の時間だ。娘が泣いているときに、すぐ気づける自分も残った。これが一番大きい。
もし、いま読んでいるあなたが「SNSをやめたい」と思っているなら、一つだけ伝えたい。
一晩でやめようとしなくていい。
僕は2年かかった。途中で何度も戻った。それでも、段階を一つずつ上がるたびに、脳内の雑音は、確かに減っていった。
やめる、という言い方が強すぎるなら、距離を置くでいい。距離は、一気には開かない。少しずつ、摩擦を増やしながら開いていく。
それで、十分だ。
参考文献
- Newport, C. (2019). Digital Minimalism: Choosing a Focused Life in a Noisy World. Portfolio.
- Allcott, H., Braghieri, L., Eichmeyer, S., & Gentzkow, M. (2020). The Welfare Effects of Social Media. American Economic Review, 110(3), 629-676.
- Schüll, N. D. (2012). Addiction by Design: Machine Gambling in Las Vegas. Princeton University Press.
- Azrin, N. H., & Nunn, R. G. (1973). Habit-reversal: A method of eliminating nervous habits and tics. Behaviour Research and Therapy, 11(4), 619-628.
- Przybylski, A. K., Murayama, K., DeHaan, C. R., & Gladwell, V. (2013). Motivational, emotional, and behavioral correlates of fear of missing out. Computers in Human Behavior, 29(4), 1841-1848.